基本的な概念

ここでは、Fekoで使用するさまざまなソルバー手法を理解するための基礎として、アンテナとEMの基本的な概念を紹介します。

アンテナとは

アンテナとは、電磁波を放射または受信するために固有の特性寸法で設計したサーフェスまたはワイヤで構成する導電構造体です。

アンテナの第一の目的は、同軸ケーブル(伝送線路)または導波構造を流れる信号(電流または波)と自由空間を伝搬する電磁波との間でインピーダンス整合を実現することにあります。第二の目的は、特定の方向に信号を送信することです。12



Figure 1. 八木-宇田アンテナ。

遠方界とは

放射体から遠距離の空間にある特定のポイントPにおけるフィールドの計算では、次の点を前提とします:
  • ポイントPから放射体上のさまざまなポイントまでの距離の相違が、計算するフィールドの大きさに及ぼす影響は無視できる。
  • 位相の計算では、ポイントPから放射体上のさまざまなポイントまでの距離の相違を考慮する必要があるが、一定の前提を置くことはできる。
  • フィールドのすべての成分のうち、 1 r の比率よりも速く減衰する成分は、 1 r に比例して減衰する成分との比較で無視できる。3

アンテナの遠方界とは、フィールドの成分にリアクティブ成分が存在しなくなる位置またはリアクティブ成分が無視できる程度に小さいと考えられる位置までのアンテナからの最短距離です。一般的に、この距離は次の式で記述できます。

(1) r= 2 D 2 λ

Dはアンテナの最大寸法です。

遠方界では、アンテナが点給電源と見なされます。 Equation 1 は、放射体までの距離が変化しても、22.5°を超える位相誤差が発生する原因とはならないことを前提として導かれています。4

近傍界とは

アンテナの近傍界とは、アンテナの近傍で電界と磁界が同相になっていない領域です。この領域では界がリアクティブで、強い放射方向成分も存在します。フィールドの放射方向成分には、 1 r への依存性はありませんが、 1 r 2 1 r 3 およびさらに高次の項への依存性があります。当然のことながら、これらのフィールド成分は、放射体からの距離が遠くなるにつれてきわめて急速に消滅します。5

伝送線路とは

伝送線路とは、無線周波数信号を伝送するように設計された専用構造体を指し、同軸ケーブル、マイクロストリップ、ストリップライン、導波管などがあります。この信号の周波数は、信号の波動挙動が無視できないほどの高い周波数です。伝送線路にはいくつかの目的がありますが、電波工学では、送信機、受信機、アンテナの接続に使用することが普通です。


Figure 2. 伝送線路の基本的な表記。

電波工学の観点から、伝送線路で重要なパラメータは、入力反射係数と電圧定在波比(VSWR)です。

Sパラメータとは

Sパラメータとは、電力波の面からシステムの入力ポートと出力ポートとの関係を特性として記述するパラメータです。ABCD、Z、Yの各パラメータをはじめとする他のネットワークパラメータでこの関係を記述することもできますが、そのようなパラメータの計算では、各ポートを開放状態または短絡状態で終端する必要があります。真の回路開放や回路短絡の実現は、特に広帯域では現実的ではありません。また、開放や短絡の条件下では動作が不安定になるデバイスもあります。

一方、Sパラメータの計算では、ポートをシステムインピーダンスで終端するだけですみます。6



Figure 3. ポートが2つのSパラメータ表現。

反射係数とは

反射係数とは、伝送線路または伝送媒質でのインピーダンス不整合(不連続性)に起因して、電磁波がどの程度反射するかを記述する数量または数値です。反射係数は、入力波の大きさに対して反射波の大きさが占める比率として計算します。この値は、伝送媒質(伝送線路)の特性インピーダンス Z 0 と不連続性のインピーダンス(普通は、伝送線路末端の負荷インピーダンス)から、 Z l 次のように計算できます。

(2) Γ= Z l Z 0 Z l + Z 0

ポートが1つの特殊なデバイスでは、SパラメータのS11が反射係数になります。ポートが2つ以上のデバイスでは、すべてのポートにポートインピーダンス(システムインピーダンス)の負荷を接続すれば、Snn(S11、S22など)が反射係数になります。
Note: ポートが1つのFekoモデルでは、Sパラメータ要求を必要としません。入力反射係数がSパラメータ要求と同じになります。

スミスチャートとは

Smith chartは、インピーダンス、アドミタンス、位相、波長、反射係数をグラフで表現した線図です。Smith chartは、正規化した抵抗の円と正規化したリアクタンスの円の組み合わせで構成されています。これらの円は、伝送線路上で何らかのシステム(ネットワーク、回路、または負荷)から一定の距離で測定した、そのシステムの入力インピーダンス値を表しています。7Smith chartは、伝送線路上で反射係数とインピーダンスを互いに変換できるようにします。この線図から伝送線路上での波動挙動を読み取ることができます。8Smith chartの利点は、実数部と虚数部で、正からゼロ、負の無限大までのすべての複素数の値を表現できることです。。


Figure 4. POSTFEKOの空のSmith chart

CEMとは

計算電磁気学(CEM)とは、数値解法またはコンピューターによる電流またはフィールドの近似手法です。数値解法では、電流またはフィールドを、まず多数の小さい構成部分に分割します。つづいて、フィールド、電流、電荷の関係を記述する物理方程式(多くの場合は、アンペアの法則やファラデーの法則などのマクスウェル方程式)を使用して、各電流要素または各界要素の大きさと位相を求めます。最後に、これらの電流要素またはフィールド要素の合算(積分)によって、入力インピーダンスや遠方界などのアンテナパラメータが得られます。

Figure 5に示す八木-宇田アンテナを取り上げます。ここでは、このアンテナの電流路部分のみを表示します。具体的には、さらに分割した複数のセクションから成るアセンブリとしてこのアンテナを表現します。各セクション(正確には、セクションどうしの接続部)には、大きさは小さいものの一様な電流が流れます。


Figure 5. 電流路部分のみを表現した八木-宇田アンテナを、接続部に一様な電流要素が流れる複数の小さいセクションに分割した図。

最初に、セクション間の各接続部には一定の電流が流れるものの、その大きさと位相が未知であるとします。マクスウェルの方程式を使用して、小さい各電流要素の大きさと位相を求めます。

各電流要素の大きさと電流が得られたところで、これらの電流をすべて加算(積分)します。電流の変換により、近傍電界、近傍磁界、遠方電界、遠方磁界をはじめとする各種のアンテナパラメータが得られます。

後処理で、Figure 6に示すように、これらの界を可視化できます。


Figure 6. POSTFEKOで可視化した八木-宇田アンテナの近傍界
1 Fields and Waves in Communication Electronics, Third Edition, Ramo, Whinnery and Van Duzer, p. 584-586; 599
2 Electromagnetic Fields and Energy.Haus and Melcher, p. 547
3 Fields and Waves in Communication Electronics, Third Edition, Ramo, Whinnery and Van Duzer, p. 593
4 Antenna Engineering Handbook, Fourth Edition, John L. Volakis, p. 1-8
5 Advanced Engineering Electromagnetics, Second Edition, Constantine A. Balanis, p. 283
6 High-Frequency Circuit Design and Measurements, Peter C.L.Yip, p. 33-34
7 High-Frequency Circuit Design and Measurements.Peter C.L.Yip, p. 15
8 High-Frequency Amplifiers, Second Edition, Ralph S. Carson, p. 56