Fluxにおけるコイルと巻線
まえがき: 物理的側面と技術的用途
コイルとは、支持構造上に導体を特定の回数巻き付けて形成した2端子の回路コンポーネントです。コイルの支持体は磁性体コアと非磁性体コアのどちらにすることもでき、多くの場合は単芯ワイヤまたは多芯ワイヤが導体として使用されます。断面が円形ではない導体を巻いてコイルとすることもできるほか、金属シートを巻いて形成することもできます。上記以外の製造プロセスも考えられます。特殊形状を必要とする用途の実現性は、金属マトリックスから目的の形状でコイルを切削加工する専用の機械加工技術が存在するかどうかにかかっています。
コイルの端子に電源を接続すると巻線に電流が流れ、周辺の媒質中に一定の磁束密度で磁界が形成されます。形成される磁界はビオ-サバールの法則に従い、電源から変換して得られた磁気エネルギーを保持します。一方、時間とともに変化する磁束がコイルに捕捉されると、ファラデーの法則とレンツの法則による予測に従い、コイルの端子間に起電力が誘導されます。
使用している材料およびコイルを流れる電流の対時間変化速度によっては、起電力以外の二次的な物理現象も発生します。そのような現象としてジュール損失があります。高周波域では、表皮効果と近接効果に起因する不均一な電流密度分布によってジュール損失が増加することがあります。また、巻線間に存在する寄生静電容量の効果によって、十分に高い周波数ではコイルに共振が発生する傾向があります。
上記の物理現象はさまざまな技術的用途の基本原理であり、あらゆる電磁機器でコイルが多用される要因となっています。したがって、各電磁デバイスでコイルが果たす役割は、次のカテゴリの1つまたは複数に分類できます:
- 電気機械エネルギーの変換: 回転する電気機械類やアクチュエータなどの機器は、磁界を使用して電力を機械的作用に変換し、また機械的作用を電力に変換します。このようなデバイスでは、コイルの強磁性体部分と空隙に一定の磁束密度で磁界が形成されます。磁界に保持されているエネルギーが変化すると、可動部分に力とトルクが発生します。一般的には、電気機械変換の効率が最大になるようにシステムを設計します。
- 磁界源: 用途によっては、特定の空間プロファイルと固有の時間変化特性を示す磁界を形成するように設計されたコイルを必要とするものがあります。その例として、電気機械類に回転磁界を生成する三相巻線や、MRIスキャナの勾配磁場コイルとシムコイルがあります。
- 電力の変換とコンディショニング: 半導体方式コンバータに使用するコイルとインダクタがこのカテゴリに該当します。このような用途では、所定の電流容量と目的のインダクタンスを備えるようにコイルを設計することにより、滑らかで高調波のない電流波形を実現します。そのほか、電源トランス、誘導加熱、溶接などの用途では、最適な電磁結合係数と漏れ磁束の低減を実現できるようにコイルを設計します。
- 信号の収集と処理: センサー、フィルタ、測定器のように、信号の収集と処理のための回路ではコイルが不可欠なコンポーネントです。このような用途では、特定の周波数特性を持つコイルを設計段階で求めます。この周波数特性は、多くの場合、目的の周波数帯域で複素値の伝達関数に置き換えて考えます。
Fluxプロジェクトでのコイルの表現
Fluxは、コイルのモデル化に特化したツールの包括的なセットを用意しています。これらのツールは、これまでに紹介したすべての分野での用途に使用できます。
たとえば、設計段階では特に次のタスクを実行する場合にFluxが効果的です:
- 電気回路から給電を受けるコイルで形成される磁界を計算して表示する。
- コイルの磁気回路やコアなど、隣接する強磁性部品の磁気飽和状態を確認する。
- 静的状態、定常状態、または一過性状態のコイルに発生するジュール損失を予測する。
- 電気機器とアクチュエータで、電流が流れているコイルによって発生する電磁力や電磁トルクを評価する。
- コイルの漏れ磁束および自己インダクタンスと相互インダクタンスを計算する。
- コイルのインピーダンスとその周波数応答を評価する。
ただし、Fluxプロジェクトでコイルを正確に表現し、それを解析して上記のどのポスト処理を実行する場合でも、その前に次の処理を完了しておく必要があります:
- 計算ドメインでコイルの形状記述と物理記述を指定する。用途とコイルの形状に応じて、メッシュ化コイル領域または非メッシュ化コイル磁界源を使用できます。
- コイルに電流を供給する。コイルへの規定した電流値の注入を適用するか、外部回路にコイルを接続します。このようなタスクは、FE連成回路コンポーネントを使用して実現できます。
上記のエンティティはFluxで基本的な概念であり、プロジェクトでコイルのモデルを適切に扱うには、これらのエンティティを組み合わせた処理を理解することが不可欠です。これらのエンティティに基づく実例を図 1に示します。これは、考えられる用途の一例にすぎません。
Fluxではさまざまなコイルエンティティが重要な意味を持つので、次の2項では、コイルエンティティについて詳しく説明します。
Fluxにおけるメッシュ化コイルと非メッシュ化コイル
Flux 2DとFlux 3Dでは、2種類の物理領域の総称としてメッシュ化コイル領域を使用しています。この物理領域とは、ソリッド導体領域とコイル導体領域(損失のない領域、損失と簡潔な形状記述がある領域、および損失と詳しい形状記述がある領域)です。
ソリッド導体領域は、任意の断面形状を持つ個々の導体のモデル化に良好に適合します。その例を図 2に示します。この例では、Flux 3Dの連成Steady State AC Magnetic - Transient Thermalアプリケーションでソリッド導体領域を使用して誘導加熱コイルをモデル化しています。一方、コイル導体領域(損失のない領域、損失と簡潔な形状記述がある領域、および損失と詳しい形状記述がある領域)は、断面が比較的小さいワイヤを多数回巻き付けて構成した巻線の表現に適しています。したがって、一般的に、コイル巻線を収めるスロットを表現するフェイス(Flux 2Dの場合)またはコイル巻線を収める区画を表現するボリューム(Flux 3Dの場合)にこの領域を割り当てます。さらに、コイル導体領域では、その領域のエンクロージャ内部の巻線構成を記述するすべての関連パラメータを管理します。このようなパラメータとして、巻線の巻数、ワイヤの断面、フィルファクター、巻線間隔などがあります。図 1の回転電気機器は、3つのコイル導体領域を使用してFlux 2Dでモデル化した固定子巻線です。
有限要素法の観点から見ると、メッシュ化したコイル領域に割り当てたフェイスまたはボリュームは計算ドメインに属し、有限要素によって離散化されています。したがって、計算シナリオの解法を完了した後、局所的な量を評価して表示できます。このような量として、これらの領域内部の電流密度、磁束密度、電力損失密度などがあります。
しかし、3Dアプリケーションでは、メッシュ化したコイル領域を使用して任意形状のコイルを記述することが、きわめて複雑な処理になることがあります。また、関連するボリュームのメッシュ化が、過剰に大きな数値の問題につながることがあります。このことから、Fluxには、3Dでコイルを指定するための代替手段として、非メッシュ化コイル磁界源が用意されています。
この磁界源の一種は、3Dドメインに重畳されるエンティティであり、あらゆるメッシュ化サーフェス領域やメッシュ化ボリューム領域から独立しています。非メッシュ化コイルがあるプロジェクトでは、そのコイルで生成される磁束密度がビオ-サバールの法則に従ってFlux 3Dで解析的に評価されます。さらに、このソフトウェアに実装されている有限要素定式により、この付加磁界による影響がこのドメインのメッシュ化部品で考慮されます。
ただし、メッシュ化コイル領域の場合と異なり、非メッシュ化コイル内部で局所的な量をポスト処理することはできません。図 3の用途例は、非メッシュ化コイルを使用してFlux 3Dでモデル化した大型電源トランスです。ここでは、このトレードオフが示されています。トランスの形状が複雑であることから、コイル巻線の表現に非メッシュ化コイルを採用することによって、わかりやすいモデル記述が得られています。一方で、トランス巻線の局所的な数値(電流密度や温度)を評価できる余地はなくなっています。
非メッシュ化コイルの事前定義テンプレートの中には、簡潔な円形コイルから複雑な多鞍形コイルまで、さまざまな形状を扱う便利なものがいくつかあります。合成コイルタイプもあるので、任意の形状を持つ3D非メッシュ化コイルを作成できます。
Fluxプロジェクトでメッシュ化コイルと非メッシュ化コイルを使用する方法の詳細については、次の各トピックをご参照ください:
Fluxの有限要素(FE)連成コンポーネント
有限要素(FE)連成コンポーネントは、Flux 2D、Flux Skew、Flux 3Dのいずれかのプロジェクトでも、集中回路として表現したコイルと解釈できます。メッシュ化コイル領域と外部回路または非メッシュ化コイル磁界源と外部回路との境界として機能します。したがって、これらを作成する際に、FE連成コンポーネントは必須の入力となります。
まったく異なる2つのメッシュ化コイル領域に1つのFE連成コンポーネントを割り当てることが必要になる場合があります。特に、物理的対称性がない2Dプロジェクトに使用するコイルでこの状況が考えられます。このような状況では、多くの場合、どちらかのメッシュ化コイル領域は、コイルのうち、ドメインに電流を注入する側に相当し、もう一方は、2D平面から電流を吸収する側を表現しています。一方、Flux 3Dでは、メッシュ化コイル領域はボリュームに割り当てられ、明示的な電流方向が指定されます。その結果、Flux 3Dでは、FE連成コンポーネントと単一のメッシュ化コイル領域との間に一対一の対応関係が成立します。
Fluxは、FEMシミュレーションに連成した電気回路網を作成するタスクと編集するタスクを簡素化する回路エディターのコンテキストを提供します。この環境で、従来の受動集中回路コンポーネントのようにFE連成コンポーネントを作成して取り扱い、整合性のある回路網に接続できます。この手順は、SPICEなどの他の回路図エディターを模した環境でコンポーネントをドラッグアンドドロップし、回路を配線することによって実行します。
- 回路エディターでFE連成コンポーネントを電気回路に接続します。
- “強制電流”モードで適用値または数式をコイルに指定します。
さらに、FluxではFE連成コンポーネントの次の3つのサブタイプを使用できます。
- コイル導体コンポーネント: コイル導体領域(Flux 2D、Flux Skew、Flux 3D)と非メッシュ化コイル磁界源(Flux 3Dのみ)の両方に電流を供給するために使用します。
- 2端子ソリッド導体コンポーネント: コイル導体コンポーネントと似ていますが、こちらは2本の電気端子のソリッド導体領域に電流を供給します(Flux 2D、Flux Skew、Flux 3D)。
- N端子ソリッド導体コンポーネント: 2端子ソリッド導体コンポーネントとよく似たサブタイプで、端子が3本以上あるソリッド導体領域に電流を供給するために必要とされます(Flux 3Dのみで使用可能)。3本以上の端子のソリッド導体領域を使用してコイルと巻線を表現することは少なく、関連するN端子ソリッド導体コンポーネントにも同じことが言えます。ただし、特別な巻線のトポロジを持つデバイスの特定のコンテキスト(単巻変圧器やマルチタップ変圧器など)では、どちらのエンティティも必要になる可能性があります。
参考文献
表皮効果と近接効果、コイルで発生する損失の評価、均質化手法を詳しく知ることができるように、こちらに参考文献の一覧を用意しています。