損失のないコイル導体領域
概要
本章では、ジュール損失を評価するためのモデルがないコイル導体領域の作成を取り上げます。これは、Fluxに用意されている最も簡潔な種類のコイル領域です。この領域を使用すると、わずかな数のパラメータだけでコイルのモデルを作成できます。最も注目すべき点は、このコイル導体領域の作成では材料を指定する必要がないことにあります。
- この種類の領域でモデル化する対象。
- 損失のないコイル導体領域をFluxプロジェクトで作成する方法。
- 制限事項。
- 用途の例。
この種類の領域でモデル化する対象
損失のないコイル導体領域を使用すると、有限要素ドメインでコイルを表現できます。この領域は磁界源として機能し、連成した回路によって駆動されるか、ユーザーが適用する電流によって動作します。
このコイル領域で注目すべき点は、その作成に必要なパラメータが最小限ですむことです。したがって、設計段階でコイルや巻線の詳しい記述を望まない場合やその方法がわからない場合に適しています。
それと引き換えに、この種類のコイル導体領域はその定義が簡潔であることから、巻線のジュール損失分布が問題ではないデバイスや巻線のジュール損失分布に周波数依存性がないデバイスにのみ適しています。損失のないコイル導体領域では、材料を指定するパラメータをその作成で必要としないので、そのコイル導体領域に関連するFE連成コンポーネントの付加抵抗で発生するコイル損失のみが考慮されます。
この種類のコイルモデルをFluxプロジェクトで定義することは、より複雑なコイル導体領域を作成するための初期段階と考えることもできます。先の段階に進むことで、表皮効果と近接効果によって増加する損失を考慮できるようになります。ジュール損失のためのモデルがないコイル導体領域の機能を拡張する方法の詳細については、次のトピックをご参照ください:Fluxプロジェクトでの作成方法
損失のないコイル導体領域は、Flux 2DとFlux Skewではサーフェス領域、Flux 3Dではボリューム領域になります。これらの領域をFluxのFEMアプリケーションで利用できるかどうかについては、コイルモデルおよびFluxプロジェクトでの使用可能性をご参照ください。
どの場合でも、この領域を次のように作成できます:
- 領域の新規作成で、Type of regionドロップダウンメニューでCoil Conductor Regionを選択します。
- Basic Definitionタブで、次の入力を指定します:
- コイルに関連するFE連成コンポーネント(コイル導体タイプ)
- コイル巻線の巻数(数値またはI/Oパラメータ)
- Fluxで対称性と周期性を適切に考慮できるようにするオプションの設定
- Coil Loss ModelsタブでCompute coil losses (winding geometry details required)オプションをオフのままにします。
制限事項
このコイルモデルの記述では材料が指定されていないので、関連するサーフェス領域(2Dの場合)またはボリューム領域(3Dの場合)で固有抵抗に関連する量をポスト処理することはできません。このような量として、巻線の電力損失密度や合計損失などがあります。
このモデル化手法でコイルのジュール損失を評価しようとすると、実質的には、計算を支援するためにFEコイル導体コンポーネントを選択せざるを得なくなります。Fluxのポスト処理モジュールには、より線コイル導体タイプのFE連成コンポーネントで発生するジュール損失を評価する手法として、少なくとも次の2種類が用意されています:
- ComputationメニューでOn physical entity、Compute、Circuitの順に選択します。
- センサー(Predefinedタイプ:Losses by Joule effect)をStranded Coil Conductorコンポーネントで指定します。
損失のないコイル導体領域に割り当てるFE要素連成コンポーネントの付加抵抗として、ゼロ以外の値を指定することを強くお勧めします。特にコイルや回路に電圧源から給電する場合に、このことがいえます。
Fluxの連成熱磁気アプリケーション(定常交流磁界ー過渡伝熱)では、FE連成コンポーネントの付加抵抗で消費される電力を考慮しないでください。このことから、そのような種類のFluxアプリケーションには、付加抵抗を持つFE連成コンポーネントに接続した、損失のないコイル導体領域を使用しないようにします。このような状況に使用することをお勧めできるコイル導体領域は、損失と簡潔な形状記述があるコイル導体領域および損失と詳しい形状記述があるコイル導体領域です。
ここで取り上げているコイル導体領域では、表皮効果と近接効果が考慮されません。したがって、巻線の電流分布と損失分布を詳しく評価する必要があるプロジェクトでは、このコイル導体領域の使用はお勧めできません。
用途の例
電流密度Jによってソレノイドに生成される磁界強度Hは、次のアンペアの法則に従います。
.
この法則は、次のように積分形式に書き換えることができます。
ソレノイドが十分に長ければ、その内部の磁界は均一で、ソレノイドの軸方向に平行であると想定できます。
Nをソレノイド巻線の巻数、ℓをソレノイドの長さ、rをソレノイドの半径、Iをソレノイドの電流とします。この条件下で巻線の雰囲気が空気であるとすると、磁束密度Bは、構成方程式B=μ0H(µ0=4π.10-7H/m)によってHに関連付けられ、アンペアの法則は次のようになります。
B=µ0NI/ℓ
また、ソレノイドのインダクタンスは次の式で得られます。
L=µ0N2(πr2)/ℓ
次に、損失のないコイル導体領域を使用して、現実の有限長ソレノイドをFlux 3Dでモデル化することを考えます。この領域の作成では巻線の巻数のみが必要なので(当然のことながら、ソレノイドの形状を構成する寸法は指定します)、Flux 3Dで得られた結果を、上記の解析表現と容易に比較できます。
図 1 は、Flux 3Dプロジェクトの構造とソレノイドの磁束密度の計算結果を示しています。このソレノイドの形状パラメータは、r=8mm、ℓ=250mm、N=500で、コイルを流れる電流は1Aです。
軸方向磁束密度 | インダクタンス | |
---|---|---|
無限長ソレノイド (解析による近似値) |
B=2.513mT (コイルのすべての位置で均一) |
L=1.579mH |
有限長ソレノイド (Flux 3Dによる計算値) |
B=2.474mT (コイル中心での値) |
L=1.555mH |